カテゴリ:占いと私( 2 )

占いと私〜その2


☆そうだ、占い行こう!

~実の親との葛藤を乗り越えるために

私は一人っ子なので

物心ついてからずっと

結婚してからも、

親からの干渉がすさまじかったのです。


私が小中高のころ希望した進路は

親によって全否定(笑)。

(→この進路=なりたい職業は

すべて私のホロスコープに見事に合致しています。

子どものほうが魂の声が聞こえているのです。)


大学4年の時も希望の進路は却下され、就活も禁止、

父が勝手に就職先を決めてきました。


聞こえのいい有名企業ではあったけれど、

私のやりたいことではなかったので

親があまり賛成しない相手と結婚して

京都に来たのが24歳の時。


そしてすぐに、

学生時代に入りたいと思った企業の

大阪支社の求人をみつけて

採用されて、先ほど書いた

ドクターストップまでの2年間働きました。


親の干渉は愛ゆえ、というのもわかってはいました。


父は(かに座丸出しの)、

娘可愛さ余って自立させたくない、

羽ばたかせたくない病で

私の望むことはダメダメダメ!

しか言いません。


私は(9ハウス太陽なので)、

なるべく遠くへ飛んでいきたいのに。


母は(夢見るうお座)、

自分の夢を勝手に私の人生に投影して

ファンタジー大作を作り上げ


私がその通りにならなかったので


「お前は負け犬、負け組!私の夢を返して!」


と毎晩電話してきました。


夫も自分の人生と、

私と娘を食べさせるので手一杯

私の愚痴なんて聞いている余裕はありませんでした。


苦しくて、淋しくて、

もうここから飛び降りて

何もかも終わりにしてしまおう!


と、何度も4階のベランダから身を乗り出しました。


でもやっぱり飛び降りるのは怖いし、

私だけ死んでしまうのは悔しい。


でもどうしたらいいのかわからない、

と悶々と悩む日々が続きました。


転機がやってきたのは

娘が小学校に入学したころ。


小学生になったら急に病気をしなくなり

毎日元気に学校へ行くようになったので

1人でアタマを冷やす時間ができました。


そうしたらなぜか、

「そうだ、占い、行ってみよう!」

と思いつき

なんとなく行くならあそこ、と決めていた

四柱推命の占いルームに飛び込みました。


生年月日を言うと、いま思えば、

ちょうど今の私くらいの

中年の優しそうな女の先生が命式を出して


「アンタ、こんなお母さんがいはったら、

今までの人生苦しいてたまらんかったやろ?」


とおっしゃったのです。


それを聞いて、ポロポロポロ!っと

私から鱗やら鎧やらいろんなものが落ちて

スーーーっと楽になりました。


「やっと私のことを分かってくれる人がいた!」


と感じたのです。


先生は続けて


「こんなお母さんはな、

アンタやほかの人が何をしてあげても

気にいらへんねん。

この人の求めるレベルのものは

この世にはあらへん。


アンタはアンタで勝手に幸せになったらえーねん。

アンタが自分で思う幸せがアンタの幸せ。

お母さんは関係あらへん。」


「お嬢ちゃんの育て方にしてもな、

アンタは間違ってへんで。

アンタのやり方でええねんよ。


それに、お母さんも

子どもを教育するのはうまい人やし

お母さんがアンタにしてくれて

良かったことはやってあげて

嫌だったことをしーひんかったらえんにゃ。」


そう言い切ってもらって、

もうそれだけで嬉しくて、満足して帰宅しました。

☆ま、魔法???母からの電話がかかってこなくなった!

すると不思議なことに、その夜から

毎日かかってきて私を悩ませていた

母からの電話がピタっと止まったのです!


この時は魔法か???とも思いました(笑)。


これは、のちに勉強した心理学でわかったのですが

私の中の「母というもの」の原型が変化したから

現実の世界に投影される母も変化したのでした。


この「プロの占い師さんに初めて相談した」経験が

「私と占い」の本当の出会いと言えます。

たしか33~34歳のころのことでした。

つづく


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by stellaforte | 2017-03-14 23:27 | 占いと私

「『占いと私』はどこ行ったんだよ?」


昨日、私の作ったステラフォルテHPに対する
オット氏の厳しい添削作業が行われ、、、
いえ、行って頂いたのですがw


途中で


「そーいや、『占いと私』はどこ行ったんだよ?」


と追及されました。






・・・ちっ、良く見てんな・・・




「エ、エト、エト、あれは、長ったらしかったから
いったん封印した」

「ふーーん。。。」



はいはい、ちゃんと最後まで書きゃーいいんでしょ!




「占いと私」は
現在アストロロジャー=占星術師を生業にするようになった私が
どのように今までの人生で占いに出会い
どうつきあってきたか、を書きとめたものです。


カッコよく言えばエッセイね♪


問題や悩みを解決するには
人によっていろいろな方法があると思います。


病気ならお医者さんへ

痩せたいならライ◎ップへ
(私らの若いころは東◎ビューティーセンターw)
何か相談したかったらパートナーや友人や親に


私は別に病気ではなかったし
オット氏とはかみ合わない時期だったし
友人にグチを言うのは嫌いだったし
親は敵だったしw
なにより
唯一、グチも言えた大親友は死んじゃったし・・・


それで、ある日思い立って占いに行ってみた
っていうのが始まりだったのです。


そんなこんなの
私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。


以前HPにアップした分を再掲して
またちょこちょこ続きを書いて
そのうち完結させようと思います。


☆☆☆☆☆



子どもの頃から不思議なこと=オカルト的なことが大好きでした。


人生で最初の思い出は
3歳くらいの頃、1人でお留守番をしていた時
母の三面鏡を合わせ鏡にして
鏡の向こうに無限に写る自分の姿を見て


どうやったら向こうの世界に行けるんだろう
たくさん写っている自分、ひとりひとりに
別々の人生や生活があるんだろうか・・・


みたいなことを考えていました。
パラレルワールド思考ですね♪


小学校のころまで、「ゲゲゲの鬼太郎」はもちろん
ツタンカーメンの呪いや
「うしろの百太郎」などが大好きでした。


そんな子供がもう少し大きくなってからのお話しです。


☆☆☆

私はいろいろな占い、占い師の先生たちと出会い

そして自分でも占いを勉強することによって

悩みが解決し
自分らしい人生を生きる第一歩を踏み出すことができました。

今から私が書くことによって
今まさに悩みの真っただ中にある方たちが

周囲の影響、あるいは強制によって作られたものではない

本当の自分、真に自分らしい人生に目覚めるためのヒントになれば幸いです。


☆子ども時代、初めての占いはタロットカード

始めて「占い」というものを知ったのは、小学生高学年の頃。

7つ年上の仲良しの従妹、一人っ子の私にとってはお姉さんのような人が

「コレ、面白いんだよ~、自分だけでなんでもわかっちゃうんだよ!」

と、「タロット占い」をやってみせてくれたのです。


「A子(従妹)の明日のデートはうまくいきますか?」
「Y田くんはA子のこと、ほんとに好きですか?」

など、女子高生らしい他愛ないことを占って、キャッキャ喜んでました。


その従妹は幼いころの私にとっての絶対的ロールモデルで

彼女のやることはなんでも真似していたので

早速本屋さんで同じようなカード付のタロット本を買ってもらいました。


高校生のころまでそのカードで占っていたと思います。

いま思い出しましたが、タロットの前は小学生らしく「コックリさん」で

「megのコックリさんは当たる」とクラスでは評判でした。


やはり、太陽、水星、海王星コンジャンクションで9ハウスですから

素質があったんですね(笑)。


それと、卒業文集の担任の先生から私への一言が

「これからも皆の良きアドバイザーでいてください」でした!


さそり座は天性のカウンセラー、アドバイザーと言われますから

小6の頃から無意識に発揮していたのでしょう。



☆大人になってからの占いとの関わり


~オカルトから健康オタクへ、そして親友の死

大学生を卒業し、社会人になり、結婚して母になり、、、

と時を経て占いやオカルトにだんだん興味が薄らいでいきました。


悩みもあったとは思うけど、それよりも毎日が充実して夢があったし

その夢がかなわないなんて
思いもしないくらい若かった日々でした。


娘が小さいうちは、オカルトより健康を意識してか
インドのアーユルヴェーダの書籍を読み漁り

その中でインド占星術に興味があって一度だけ鑑定をお願いした覚えはあります。

でも、なんかピンと来なくてそれっきりでした。


26歳で娘を産んだのですが
妊娠8か月までフルタイムで会議運営の仕事をしていました。


ところが自分で思っていたほど体が強くなく
8か月の検診でドクターストップがかかり

「明日から立ち上がっても歩いてもダメ!」と言われ
突然の寝たきり生活が始まりました。


勤めていた会社には
ワーキングマザーの先駆けになってくれと言われましたが

生まれた娘も次々病気をする子で、とてもじゃないけど無理でした。


私のホロスコープは円の上半分に天体が9つ集中しています。

下半分には木星1つだけです。

こういう星回りの人は家にじっとしていることができません。

社会の中で、自分以外の人々と関わっていくことが自己実現に必須なのです。


そんな私にとって狭いマンションで病気ばかりして
夜泣きのひどい娘とだけ向き合う毎日は

本当に苦しいものでした。


娘がこの世で一番大切でいとしい存在であることは間違いないけれど

家の中で子育てしているだけでは
「自分」が存在しないも同様だからです。


そんな自分は良い母親じゃない、人間失格なんだと悩みました。


公園に行っても「◎◎ちゃんのママ」でしかなく、
学生時代の、仕事していた時の

あのイキイキしていた私はどこ?

一体私は何のために生きているの?

っていうか、生まれてきたことが間違いだった?

だって、子育てなんて全然楽しくないもん!


・・・ぐるぐる考えても答えは出ないし、近くに親しい友人もいない・・・


たった一人、誰よりも信頼できて
本当のお姉さんのように優しくしてくれた

京都に来てからできた大親友が
ガンで亡くなってしまったのです。


同じような子育ての悩みを打ち明け合って
励まし合っていた人が

ある日突然この世から消えてしまい
それ以来かなり長いこと

泣き暮らす日々が続きました。



つづく






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by stellaforte | 2017-03-13 15:55 | 占いと私